2011年01月21日

小倉孝誠「<女らしさ>の文化史」

 「女らしさ」とその対極になる「望ましくない」女のあり方。こういう問題は、いつも無意識に受け入れられてゆくものである。

 江戸時代の恋愛小説人情本を読んでいるうち、こういう問題をどう説明したらいいのか困った。日本文学研究、特に江戸時代のものででは、こういうことを正面から切り込むものはなかったからだ。

 ところが、フランス19世紀の近代小説をフィールドに、社会と文化に造られた一種の「幻想」の伝播力の正体を、近代に誕生したモード・美容・小説・絵画の表現や、医学書・作法書まで漁って解明した本書に出会って、大いに参考になった。

 人情本論でも、作法書・浄瑠璃・化粧書などが切り口となり、彼女たちの規範の背後に、子宝を保障する現世利益の宗教があり、作品の準拠枠となっていたことが見えてきた。

 本書から学んだことは、このテーマを扱う時は、雑駁であれ、という姿勢の問題である。美女を作り上げる男たちや社会の視線は、それだけ社会学や社会史的な問題なのだ。いい意味の、野次馬根性が必要である。

 中国では、かつて「飲食男女」とひとくくりにした分野である。女性の「品格」の研究は、品格なく雑多な本をかき分ける猥雑さが必要となるのも、当然だった。
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2011年01月20日

鷲田清一「じぶん・この不思議な存在」

 昨日の日経新聞夕刊に、鷲田氏のインタビューが載っていた。題して「人間発見 知の地平を開く」。

 京大院生時代、現象学の先生が京大にいないので、学外の先生に私淑し、東京の研究会で勉強したこと。就職してからは、宗教人類学者の植島啓司氏の、型破りな面白さに影響を受けたこと。

 自身も化粧やファッションを論じはじめ、授業で人気の高い教師になったこと。「モードの迷宮」を女性誌に連載し、本にしたときは同業者からかなり批判を受けたが、身体論は一貫したテーマだったので意に介さなかったこと。などが書かれていた。

 同僚や研究会など人の出会いは、研究にも大きなインパクトを与える。授業を面白くするのも大切なことだ。植島啓司は「恋愛のディスクール」で注目していたが、競馬・パチンコ・麻雀と遊びに夢中だったという。なるほど、鷲田先生この影響でしたか。

 標題書も一気に読める。授業の話がそのまま活字化された感じだ。忘れられないのは、「自己と他者」をテーマにした授業の試験解答に、「大好きだ攻撃」と題して、デートのたびに、「○○ちゃんのことが、好きだ!」を連発する彼の話を書いた女子学生の例だ。

 この女子学生は、最初はいい気になっていたが、だんだん「何か違う」と思い、関係を切ろうと思いデート中も黙りだすと、彼は耳元で「照れ屋なんだから」と囁いた、と言う。鷲田先生、成績はAをつけたそうだ。

 この話は、恋愛を説明するときも使わせてもらっている。ストーカー、ハラスメントなどなど、他者のいない自己は、自己も関係も危ない、と。やはり、授業は面白くやるべきだ。それが、書物になってゆくほどに徹底的におもしろく、かつ議論を煮詰めて。
 
 モードや恋愛なんか学問になるのか、とか言っている同業者は、自分にできないから言っているだけなのだ。何より、自分の当初からの関心とつながっている限り、教場とそれ以外の場の活動は、無駄にならない。というわけで、学生はよく授業が終わったあと、恋愛相談をしにきたり、恋バナを披露しにきたりする。

 もう夕刊はやめようと思っていたが、こういう記事に接するとやめられない。
posted by 雑食系 at 00:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

氏家幹人「武士道とエロス」

 こういう話題を授業でやりだすと、学生の眼の光り方まで妖しくなる。「もちろん、こういう趣味は私はないんですが、想像するに美少女より美少年の身体の方に、美の軍配をあげる芸術家は過去多くいました。ミケランジェロ、三島由紀夫。。。」とか。

 「若衆というのは、今でいう、ジャニーズですね。身が軽くて、飛び散る汗がさわやかでないといけません。もうそろそろキムタクは汗が臭そう。」とか。

 今まで読んだ解説では「西鶴が語る江戸のラブストーリー」の染谷智幸氏のものが、最も簡潔かつ要点を衝いていた。潔癖な肉体への志向と倫理性である。

 標題書も冒頭、秀吉が信長の草履を肌で温める説話をまず挙げる。この感覚が、命のやりとりにもつながる濃密で過剰に倫理的な男同士の関係につながる。

 思うに、男女関係は、結婚という現実か、遊廓という金銭的交換関係に江戸時代の場合、落ち着いてしまう。何者にも交換できえない「あなた」は、男性同士の方がありえた、というのもわかる気がする。そんな用例に本書は溢れている。

 でも「わかる気がする」なんていうのは、本当は生易しいものなのだろう。学生からは、やはり妖しい眼で見られるが、「新宿で見た槙原敬之は、本当にこきたないホモだったですね。でも、というか、だからこそ、彼の詩は思いの一図さと切なさがあふれているんですね。」などと、サービス精神を発揮して説明してしまう。

posted by 雑食系 at 00:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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