2011年01月09日

ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」

 日本関係の書物で、ピューリッツァー賞を取ったのは、これくらいではないのか?亡くなった母は、昭和3年生まれで、戦中・戦後の混乱を意識して私に話してくれたから、この本を読むと、やはりそうか、と思う部分と、アメリカ人から見れば、そう見えるのだね、という部分とが印象に残った。

 ジョン・ダワーは、ベトナム世代=日本では団塊世代にあたる。同じハーバード出身でも、日米関係の政軍ともにかかわった、ライシャワーの世代とは全く立場が違う。そういう現実の政治にかかわる部分のみでなく、一般庶民の占領期の気分を描いた部分が、出色なのだ。

 それまでのアメリカ日本研究なら、戦後一貫して、日本はアメリカの決めた路線からはずれることはなかった、という立場をとる。しかし、ダワーは、アメリカにもたらされたものとは言え、日本人が民主主義を歓迎し、自分のものとしようとした、その「自主性」を強調する。

 ダワーの見方を全く否定することはできない。しかし、占領期の検閲の実態がだんだん明らかにされている今日、そんな呑気な見方では済まないのは確実だ。教職追放や教科書検閲など最近具体的に報告されてきているが、ダワー自身、GHQと文部省が「ダンス」を踊っていたと言っている。

 当然、GHQは男で、文部省が女だ。実に上手い見立てだと思う。教師も役人も、仲間を「追放」し「転向」して、その結果、戦後平和教育と日教組が残った。しかし、それはあくまでアメリカがおぜん立てした枠内でのことだ。

 日本が「独立」する講和条約成立のその翌日に、ひっそりと日米安保も結ばれている。やっぱり、日本は今も「ダンス」を踊り続けているのではないのか?鳩山前首相は、「ダンス」の機微を最も知らない、あるいは知ろうとしない人だったようだ。
posted by 雑食系 at 00:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。