2011年01月13日

山下一海「白の詩人―蕪村新論」

 研究にも「縁」ということがある。俳句の大手雑誌にいきなり子規の連載を頼まれ、ようやく書いたものを恐る恐る著者にお送りした。ところが、論旨に全面的にご賛成頂き、大変励みになった。

 そのうえ、あろうことか、ご返事だけでなく、ちょうどその頃出版された標題書まで頂いた。これが面白いことといったら、ない。

 近世俳諧のがっちりした注釈や造本についての情報は報告されている。しかし魅力そのものを説いた論が、最近は少ない。蕪村で言えば、藤田真一氏の「風呂で読む蕪村」がその遊び心を鮮やかに描いて小さいながら、いい本だったのを例外として。

 本書は出色の出来だ。蕪村の句の「白」の美が、風雅の至純、迫力、人間の皮膚の白さ、絵の余白の効力など、縦横に、かつ奥深く解き明かされている。これは、注釈では無理だ。詩への感性を磨いた者だけに許される、鑑賞・評論で、蕪村との対話から生まれた詩としての俳諧の美とは何かを語ったものである。

 著者は、朔太郎の蕪村評の態度を尊重する。国文学的方法の限界を超えるものとも、大胆に評価している。これは手厳しい。ともかくこの一冊から、蕪村像は大きく私の中ではその詩性の核心を得たものとなった。

 これに刺激されて、子規についても調べてみたら、白の句は多い。が、蕪村と比較してみると、その詩性の違いが鮮やかに見えてきた。この本は、俳句評論の導きともなったのである。著者はその後急逝された。お会いできなかったことが、悔やまれてならないが、私にはよけい心の奥にいつまでも残る一書となった。
posted by 雑食系 at 09:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。