2011年01月20日

鷲田清一「じぶん・この不思議な存在」

 昨日の日経新聞夕刊に、鷲田氏のインタビューが載っていた。題して「人間発見 知の地平を開く」。

 京大院生時代、現象学の先生が京大にいないので、学外の先生に私淑し、東京の研究会で勉強したこと。就職してからは、宗教人類学者の植島啓司氏の、型破りな面白さに影響を受けたこと。

 自身も化粧やファッションを論じはじめ、授業で人気の高い教師になったこと。「モードの迷宮」を女性誌に連載し、本にしたときは同業者からかなり批判を受けたが、身体論は一貫したテーマだったので意に介さなかったこと。などが書かれていた。

 同僚や研究会など人の出会いは、研究にも大きなインパクトを与える。授業を面白くするのも大切なことだ。植島啓司は「恋愛のディスクール」で注目していたが、競馬・パチンコ・麻雀と遊びに夢中だったという。なるほど、鷲田先生この影響でしたか。

 標題書も一気に読める。授業の話がそのまま活字化された感じだ。忘れられないのは、「自己と他者」をテーマにした授業の試験解答に、「大好きだ攻撃」と題して、デートのたびに、「○○ちゃんのことが、好きだ!」を連発する彼の話を書いた女子学生の例だ。

 この女子学生は、最初はいい気になっていたが、だんだん「何か違う」と思い、関係を切ろうと思いデート中も黙りだすと、彼は耳元で「照れ屋なんだから」と囁いた、と言う。鷲田先生、成績はAをつけたそうだ。

 この話は、恋愛を説明するときも使わせてもらっている。ストーカー、ハラスメントなどなど、他者のいない自己は、自己も関係も危ない、と。やはり、授業は面白くやるべきだ。それが、書物になってゆくほどに徹底的におもしろく、かつ議論を煮詰めて。
 
 モードや恋愛なんか学問になるのか、とか言っている同業者は、自分にできないから言っているだけなのだ。何より、自分の当初からの関心とつながっている限り、教場とそれ以外の場の活動は、無駄にならない。というわけで、学生はよく授業が終わったあと、恋愛相談をしにきたり、恋バナを披露しにきたりする。

 もう夕刊はやめようと思っていたが、こういう記事に接するとやめられない。
posted by 雑食系 at 00:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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