2011年01月30日

野口武彦「江戸の兵学思想」

 江戸後期に多い現実と関わる文学、それは史学・軍学と関わることが多いが、その問題を考えるうえでは、思想史とのセッションが欠かせない。近世後期は、日本のアイデンティティーが現実に問われざるを得ない政治の季節であった。
 
 そこで、その饒舌な文体で、生々しい政治に関わる思想史を、「文学的に」、あるいは「文学として」論じてきた野口武彦の存在が浮かびあがる。最近は作家・評論家としての活動に軸足を置くが、史学・兵学の問題について論じた『江戸の歴史家』や標題書は、野口の方法が最も輝きを持った仕事といえよう。

 野口は、前者を書き上げたあと、歴史意識の帰結は政治権力論にあると総括していたが、それが『江戸の兵学思想』の仕事へとつながっていったのは必然と言ってよい。そこでは野口は、林羅山から荻生徂徠を経て吉田松陰に至る兵学思想を一望して、平和の到来による兵法の思想化と、欧米列強から受ける緊張感が兵学を近代的戦略論へと導く流れをデッサンする。

 たとえば、徂徠は朝鮮戦役で日本が明に敗北した要因を、中国の兵書から割り出して、彼我の軍制の相違、即ち日本の世襲主義に対する中国の職能主義、集団としての日常の操練のなさ―それは日本の封建制と中国の郡県制の相違という政治制度に由来することを、つきとめていたことを紹介する。

 一連の野口の研究の根底にある問題意識も、『江戸の歴史家』のあとがきに「歴史がまたふたたび現状の救済者として現れかねぬことへの杞憂」を吐露するように、戦前の歴史主義への問題意識が出発点となっていた。

 史学・軍学というなまなましい研究対象は、それ自身として客観的な対象として納まる類のものではなく、研究者自身の歴史・政治観を問うものであることに十分自覚的であったのだ。
posted by 雑食系 at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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