2011年02月28日

速水敬二「ロゴスの研究」

 上野洋三氏が、東京にいるころ、この本を紹介して頂いた。著者は京大哲学京都学派の一人。このグループは戦前、海軍に協力し、大東亜戦争の正義についてブレーンとなったので、戦後は追放の対象になった人もいる。

 本書の刊行も昭和17年だが、時局に関する発言などほとんどない。それよりも本書は、「語ると聞く」「対話」「問いと答え」「一致」「表現社会」「書かれたロゴス」など文学、あるいはコミュニケーション原論ともいうべき、哲学的思索の言葉に満ち溢れている。

 特に忘れられがちな「聞く」という行為の重要性、語る=問う、聞く=答えるという本質性、書くことの社会的意義などなど、哲学用語の出る議論には苦労して読むことは遅々として進まないが、ふとした一語がいつまでも頭に残り、論文の議論の核になる。

 授業でも、知識を説明する以前に、この骨組みの部分を抑えて話を統一すると少しは整然とした議論をできて、反応も悪くない。本書のような現象学を現代に花開かさせたのが鷲田清一だということも見えてくる。
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2011年02月26日

田尻裕一郎「江戸の思想史」

 今「江戸の文学史と思想史」をテーマにした本を書き、編集しつつあるので、非常にタイムリーな新刊書だった。筆者は、日本思想史研究の牙城、東北大学の出身。

 従来思想史は、徂徠や仁斎、宣長といった有名どころを取り上げてゆくやり方がスタンダードだったが、もはやそういう方法はとらないし、とれない。文学史が芭蕉・西鶴・蕪村・馬琴といった有名どころだけを取り上げる方法をとれなくなってきているのと同じだ。

 江戸に対する対し方も、近代の前提を江戸に見る旧来の姿勢から、江戸に即した見方に修正しつつある点も文学史と同じだ。

 章立ても「宗教と国家」「泰平の世の武士」「禅と儒教」「啓蒙と実学」「公論の形成」「民衆宗教の世界」など新しい、かつ文学研究にも関係深い章が立っている。

 著者は、思想史の基本に「人と人との繋がり」を挙げる。それは著者自身認めるようにその個性であると同時に、コミュニタリズムの時代の姿勢として、江戸思想史を生きた問題としようとしている。さて、文学史はこれにどう答えるべきか。
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2011年02月25日

遠藤文子「富安風生の思い出」

 富安風生は、虚子門の大物である。遠藤さんは、風生の御嬢さん。風生の始めた俳誌「若葉」が千号を迎えるにあたり、風生の思い出を語った文章を集めたものである。確かに今まとめておかないと生き証人はいなくなってしまう。

 今を時めく、行方克巳・西村和子といった大物俳人たちが、学生時代の風生との出会いを語っていて興味深い。今俳人として彼らがいるのは、ここに発するという、はるけくもよくここまで来たか、という思いがあるのだろう。

 故人の文章では、町春草先生の文章が目にとまった。町先生は仮名の大家で、美人でも有名。学生時代・非常勤時代、ご尊顔を拝しても、年齢を感じさせないお若さであった。浮いた話も多かった、まさに書道界の「小町」だったが、「ホトトギス」同人であったことは、最近知った。

 俳句文学館の「ホトトギス」は、町先生旧蔵書だったのである。さて、その町先生が、老風生の書に「艶」が消えなかったこと、しかも格調の高さもあるという。表紙の絵・書・落款はまさにそれだ。

 風生は終生猫好きだったという。何となく「書」の「艶」とつながるような気がする。
posted by 雑食系 at 00:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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