2011年02月14日

鈴木淳「樋口一葉日記を読む」

 漱石がお札になったときは、笑った。晩年親戚から小説で儲けたろうと、いたぶられていたことを知っていたからだ。

 諭吉の一万円札は似合い過ぎる。江戸へ出ても浅草など遊び場には一切行かなかった彼が、明治になって成功したときの、ちょっと厭味な表情がぴったりだ。慶応出身の人の前では言わないことにしているが。。。

 一葉がお札になった時は、逆説を超えて、悲しい思いがした。多くの閨秀歌人の中で、一人貧しい身なりの彼女が特選を取るシーンを覚えていたからだ。

 ところが、先日山田有策先生に伺うとあの場面は、完全な創作だそうである。曰く、日記の作者は自分を主人公にして酔っていますよ、と。ああ、作家という人種の業も極まれり、だ。

 本書は、近代プロパーの人ではわからない、一葉の「江戸」的教養から、その日記世界に迫った点に特色がある。千蔭流の書。歌。古典の教養。そして書簡。

 江戸の町に花開いた雅文芸の最後の輝きを一葉に見る点、今子規から同じことを言おうとする自分を支えてくれている本だ。一葉は明治29年に亡くなる。今、虚子の初期俳論を研究しているが、それは明治31年。ここから「江戸」を見る作業も実に面白い。
posted by 雑食系 at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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