2011年03月10日

小池喜明「葉隠 武士と「奉公」」

 いい本だ。うそのない本だからだ。「葉隠」は大部の書なのに、その一部分だけを取り出して、拡大解釈するものが多い。その中で、本書は、全体に目配りし、丁寧に読んだうえで、通説を大胆に問い直す。

 本書の執筆動機は「殉死」であるにもかかわらず、その語はない。「武士道」を語りながら、「奉公人」の語に多くが置き換えられている。こういう疑問から出発している点も、手を抜かない点で正直だ。

 「葉隠」のダイジェストではなく、直接読んでみれば、「死ぬ事と見つけたり」という有名な勇ましい論調よりも、身だしなみや言葉遣い、酒の飲み方や前日の仕事の準備まで、こまごまと書いた、マナー本、あるいはマニュアル化した自己啓発本の性格を知って、読者は驚くはずだ。

 それというのも、口述者常朝の日常の業務は、和歌に執心した藩主の秘書役であり、武芸ではなかったことや、小禄から家老なみの発言権を得るほどに出世を遂げたことなどが大きい。こういう常朝個人の経歴から、地に足のついたところで、「葉隠」の本質に迫ってゆく。
 
 この地味さと丹念さは、常朝とともに著者の性格でもあると見えてくる。
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2011年03月09日

佐伯順子「「愛」と「性」の文化史」

 こういう本は女性が書いたもの勝ちである。男がやると、まずは色物扱いされるからだ。表紙も大胆にできる。男の著者名で、性的な匂いのするカバーなど配しようものなら、噴飯ものだ。ああ、女になりたい。

 江戸から現代までの、日本文学に描かれた「愛」と「性」の諸相を達者に腑分けする。ただし、欠点もある。江戸の人情本の教訓的な内容を筆者は真に受けているが、これはおかしい。官憲に風俗を乱したかどで摘発されるのをさけるための、言い訳にすぎない。

 それに、真面目に耐えて苦労する主人公に、読者が声援を送り、ハッピイ・エンドをむかえるパターンは今でも通俗ドラマのカタルシスだ。真面目に生きろ、と言っているのではない。報いられる人生を描いて、読者に甘い快感を与える「手法」なのだ。

 この人は、東大の比較文化出身だが、語学だけできても、文学の読み方ができないらしい。小説を文化史で料理するとかえって素材の美味しさを台無しにしてしまうことが多い。この人はめくるめく「愛」や「性」を本当に味わったことがあるのだろうか?
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2011年03月08日

松井豊「恋ごころの科学」

 心理学ほど見境のない学問はない、と友人の心理学者は語る。さすがに著者は冒険をしている。真面目な教育心理学者は、松井さんもこんな研究をやるなんて、と吐き捨てていた。

 本当にそうだろうか。確かに学問としては、色眼鏡で見られやすいが、人間を研究する以上、恋愛は避けて通れない。文学など恋愛がなかったら、ほとんど気の抜けたビールのようなものだ。

 松井氏を知る友人によると、著者は本当にバランスのいい人らしい。あとがきで、正直に、自分はもてなくて、恋愛にコンプレックスを持っていると吐露している。恋愛を馬鹿にしている人間、特に男に多いが、それだけ恋愛はコンプレックスを生みやすい。そして、そう、心理学、いや人文科学は自分のコンプレックスを研究するのだ。

 もちろん、人文科学研究者全般を指す場合のコンプレックスとは、劣等感のみならず、「ひっかかり」とでも訳した方がいい。さて、本書の読みどころは、恋愛曲線の男女差である。恋愛コミットメント=のめり込み度が、男女では異なるというデータが出ている。

 男性はおおむね前半、曲線が高く、後半低くなる。女性はその逆。二人の恋人関係に社会的認知が加わるほど、恋愛後期のコミットメントに男女差が生まれる。

 そう、にえきらない男性がいても、男性に告白させねばならない。だから、プロポーズは男がやるべきという儀礼が用意されていたのだ。自分からコクってはならない。お母さんが、そっと娘に教える。彼はまだ肝心のことを言っていない。でも、言わせるようにしむけるのよ、と。

 もちろん、最近の男の草食化と雇用状況の悪さは、こういう儀礼を成り立たなくさせている。女はクーガー(ピューマと同意。草食動物をすばやく捕食する意)になる例も多い。一番問題なのは、自分のわけのわからない論理を女に押し付ける男だ。
 
 私の父は典型的なこのタイプで、母は一生苦労したから、こういう男にだけはなるまい、というのが私のコンプレックスとなった。よって、友人からも女に甘い、と言われる人格が生まれ、恋愛小説もコミュニケーションの角度から分析してしまう。昨日の荷風など、洗練されたコミュニケーションの極致だと思う。
posted by 雑食系 at 00:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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