2011年03月17日

稲畑汀子「虚子俳句問答」

 「真面目な」人たちがいて、世間離れした人文科学系の研究をやっているのに、今回の災害で自分が何か社会の役に立ちたいとか、そんなメールやらツイッターを夜中にやりとりしているようだ。

 ご本人たちには失礼ながら、思い上がった考えだと思う。役に立たないことをやっている自覚がない。それに比べて、虚子は、戦争の時代にも、自然体だ。非常時こそ、日常を生きられる人は懸命にそこを生き、戦場にあってもわずかな日常を見つけよう。そのために俳句がある。「こんな非常時に暢気に俳句なぞひねっていていいのか」という「真面目」な問いに、俳誌「玉藻」の質問コーナーで、虚子はこう答えている。

 非日常の世界はその専門家にまかせよ。日常を主とする人は、それを守ることが、非日常の過酷さを背後から包みこむ。

 自分たちのやっていることになぜもっと自信を持たないのだろう。一生かけて選んだ対象を信じられない人間が、塗炭の苦しみの人々に役に立ちたいと他人にしゃべり散らすのは、傲慢ではなかろうか。自分を知らない子供と言うべきかもしれない。

 心底大人である虚子が生きていたら、こういう人たちには怒らない。ブログも書かない。「俳句なんて暢気なことをやっていてどうする」と言われて悔しいという投書に、「私はやりかえすひまに、黙っていい句を考えています」と回答してもいるのだ。

 
posted by 雑食系 at 01:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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