2011年03月31日

フェーブル、マルタン「書物の出現」

 今日は、大小合わせて3社の出版社の編集担当と、面談したり電話連絡をとったりした。いずれも入稿、初校段階に入っている単著・共著の進行に関するものだ。結果わかったことは、出版業界は東日本で大変な打撃を受けているという事実だ。

 紙の工場は、釜石はじめ今回の被災地に生産拠点が集まっていた。これは全く稼働しないし、今後の見通しも立たない。ストックはどうか。これまた、東京湾岸に倉庫があるが、液状化と揺れで、倉庫に立ち入れなくなっているうえ、転倒した紙を収拾する見通しもたっていない。

 流通はといえば、トラックもガソリンもまず被災地支援とそれに関係する部門が優先される。倉庫から調達するのも難事となっているのだ。小売はどうか、大手書店は、駅ビルや百貨店、ショッピングセンターに入るが、計画停電や節電で夜の営業を控えているのが痛手だ、小売は1割が被災しているという。経済規模からみれば被災地の存在は、日本全体の5パーセントだが、書店で見れば、1割の損害となる、と言う。

 標題書は、中世から近世のヨーロッパで商業出版がどういう過程で成立していったかを、詳細に記述する。印象に残ったのは、紙の存在だった。ぼろを製紙に利用する体制が確立しないと、いくら活版印刷技術が発達しても商業出版は生まれえない。本にとって、紙と流通は最大のインフラなのだ。

 今回の震災は改めて我々にそのことを実感させる。今は大手が紙の確保に躍起になっている。しかし、小出版も紙の値段が上がったり、在庫を食い尽くしてからの確保ができず、回転が遅れることは十分予想される。
posted by 雑食系 at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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