2011年06月09日

河宇鳳「朝鮮実学者の見た近世日本」

 学校の仕事と、著書校正、それに俳句のおつきあいが重なり、すっかり更新をサボってしまった。明日、韓国の研究者との共著が出来るはずだ。テーマは文禄・慶長の役。そこで、ふと本書を手にとった。
 
 秀吉の対外戦争に関する軍記をテーマとして論文を書き始めたとき、本書がパースペクティブを与えてくれた。特に付録の訳者・井上厚史の「日韓関係における蔑視観の変容」は、導入文献として有難かった。
 
 何と言っても、韓国の学界に根強くある日本への文化的教師の立場のみを強調する、小中華主義の流れから一線を画し、実学者たちの開放性・冷静さを着実に洗い出した点が、本書の最大の価値であろう。
 
 しかし、物足りない部分もある。19世紀の西洋の衝撃をほぼ同時に受けた日本と朝鮮では、なぜあれほどそれへの対処が異なったのか。私は、思想と学問の在り方が、この違いに大きな影響を与えたのではないかと予想している。
 
 私は、今回出す本によって、日本側の反応については、少しは見通しを得たつもりでいる。東アジア世界における、日本と韓国の文化的発信力は、19世紀に大きく差が開いたと見ている。それを考えることは、今の日本人にも韓国人にも意義があるのは当然だし、そろそろそういう研究が可能な時期に差しかかってきていると思うのだが。。。
posted by 雑食系 at 20:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

小澤實「万太郎の一句」

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

夏なのに湯豆腐は失礼。しかし、俳人は「食」の俳句と言えば、たいていこの句を挙げる。
万太郎は食通である。実際亡くなるときは、赤貝の鮨を喉に詰まらせたとか。

その万太郎にして、晩年のこの句がある。万太郎は、女性関係・仕事関係・弟子との関係、かなり出入りのあった人だ。酒も女も食も、道楽をしつくした人である。

中国では「飲食男女」という言葉があるが、その世界に惑溺した文学の人である。それが最後に辿りつくのは「湯豆腐」だ。業の深さを「いのちのはての」とするところ、芝居がかったこの言い回しを私はあまり好かないが、一般にはうける。俳句まで演劇人だった。

また、病人の句に「食」の名句は多い。子規しかり波郷しかり。そういう面からも、この句は食の句の性格を象徴している。

 この恋よおもひきるべきさくらんぼ
 ラムネ飲めどおはぐろ溝の今はなく
 もち古りし夫婦の箸や冷奴
posted by 雑食系 at 09:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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