2012年03月25日

右翼の転向=幕末勤皇歌研究をめぐる歌人・研究者 たち

 本来、このブログでは論文は扱わないのだが、今抱えている課題に通じる問題を孕むので、取り上げておきたい。田中康二氏が、神戸大学文学部紀要39号に発表された「幕末勤皇歌研究と時局」である。

 幕末の志士たちの和歌の研究は、昭和10年代の「時局」を意識して始められた。国家の危機に、文学も何かすべきだと考える点では、ちょうど去年の地震を受けて俳人・歌人が震災をテーマにした作品を発表するのと、ある意味変わりない意識である。しかし、震災は本質的に天災だが、戦争は負ければ「人災」となる。

 したがって、「時局」に何をすべきかと考え、そこに身を投じた歌人・学者たちは、戦後、批判や懲罰の対象となった。そういう立場に置かれた歌人・学者たちの方向性には3つある。「転向」する人(川田順)、懲罰を受けて黙る人(小泉苳三)、志を貫く人(黒岩一郎)である。

 私のゼミで、GHQの教育政策を研究した学生がいて、いっしょに勉強したのだが、アメリカはどういう内容の教育や図書がいけないかのガイドラインを示すだけで、あとは教育者間で、戦争協力者や関係図書を炙り出させ、追放させた。もちろん、歴史学や地理学のように講座の構成員全体がパージされたケースもあるが、国文学はだいたい、戦争に協力しながら、追放する側とされる側に分かれた。

 追放された小泉は多くを語らないが、戦前の自分の活動に反省も述べない。黒岩は戦前大学に籍がなかったことが幸いしてか、パージの時期には黙り続け、朝鮮戦争期に「勤皇志士詩歌集」を出す。

 一番見苦しいが研究対象として興味深いのは、「転向」した川田順である。彼の場合、このジャンルの研究に先鞭をつけただけに、戦後黙らないのであれば、「転向」するしかなかった。その発言は、戦争が悪だとは教えられずに失敗した、という懺悔にくるんだ自己弁護であった。

 川田を後世の目から見て批判・嘲笑するのは簡単だ。しかし、戦争の犠牲者だったとだけ戦後歎く「国民」や、命令を聞いただけだ、騙されていただけだとして追放する側に回る日教組や朝日新聞や仏教界と川田とは、責任回避をしている点で、同じである。

 いや、むしろ、綺麗に口を拭った、戦後の左翼への転向組は、恥をさらして間違いを公に認めた右翼の転向組より、倫理的にも、政治意識的にも劣っており、そういう卑劣かつ無責任で魔女狩り的なものは、今日にも尾を引いている問題を抱えているのではないかと感じた。
 
 このように田中氏の論文からは、おそらく氏の意図を越えて、「転向」の諸相と、それが持つ今日的問題を考えさせられる重い問題を受け止めたことを書き留めておきたかった。
posted by 雑食系 at 16:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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