2011年01月11日

日野龍夫「江戸人とユートピア」

 小さな本である。しかし、内容は豊富だ。30年近く手元にある本だが、今読み返しても発見がある。注などほとんどつかない文章だが、へたな論文の数倍の情報がさらりと埋め込まれている。

 古い本である。だが、新しさを失わない。思想史・文学史の双方に刺激を与える視角がふんだんにちりばめられている。垣根を取り払った自由さ、見通しのきいた世界の見渡し方に、根拠のある裏づけがあるから。

 私には決定的な本である。今、80年代から90年代に、日野に影響を受けて育った40代の研究者で、日野以降のパースペクィブがどこまで開けていくか、4人共同で本を作りつつある。4人がかりとは情けないが、それだけ日野の懐は深かった。

 純粋な「志」の本である。日野は、文学の繊細さを愛した人で、ロマンチストだと思う。でなければ、服部南郭など対象にはしない。嫌いな対象には正直に「大嫌い」と言い放つ。その舌鋒は容赦ない。人情本・近世軍記・兵学等々。通俗的で、雑多なジャンルを嫌った。

 だから、私は日野が嫌った分野を、意識してもっと面白く読めないかと、あくせくしてきた。ただ、軍書については、日野の励ましがあって、研究が続けられている。これはまだまだモノが言える分野だ、と。

 よく読んでみれば、本書にも「世間咄の世界」「偽証と仮託」など、軍書を論じるうえでもつながる問題意識をもった、蠱惑的な論文が並ぶ。論文は長さや量ではないのだよ、と話しかけてくるようだ。

 本書は著者37歳の折りに出されたものだ。今やこちらはそれより10年以上生きている。雑駁にやっていくしかないが、本書から受けた「志」だけは失わずにやっていきたい。
posted by 雑食系 at 00:06| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
御意。

全編を読み通していないのがお恥ずかしいですが、少なくとも読んだエッセイの含蓄は深いものでした。

それにしても、子安宣邦の、日野の宣長論への強烈な言いようには、ギョッとします。何でそこまでいうのかしらん。
子安宣邦『本居宣長とは誰か』
平凡社新書(2005)、P.80

ま、それが私が本書を読む一つのきっかけにはなりましたが。
Posted by renqing at 2012年06月18日 02:08
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