2012年03月13日

一戸渉「上田秋成の時代」

 副題は「上方和学研究」。秋成は文人らしく多方面で活躍するが、その意味や総体を捉える研究は多くない。小説に研究は集中するし、歌文や国学といっても秋成と真淵・宣長だけを見ていてもはじまらない。当時の上方の和学を背景におかないと、秋成の像は見えてこない。

 本書はそれに正面から取り組んだ最初の仕事であり、秋成研究にも国学研究にも今後の指針を与えるものとなっている。470頁におよぶ圧倒的な情報量の本書を紹介するには、各章の内容を丁寧に拾わう方法はこの場に適当でないので、方法論的新しさ、視点の面白さ、今後の展開が開けそうな分野に絞って書くことにする。

 一つ目は、江戸から上方への視点である。江戸文化・文学全体が、勃興する江戸と上方の融合や、江戸から上方への流入が顕著になるのが天明から寛政。秋成が国学にのめり込み始めた時期と重なる。本書は、単なる群小和学者の伝記研究に終わらず、そういう大きな視点を持ったため、論文となった。

 二つ目は、写本の流通への注目。和学者の奥書のある写本の流通は、単なるマニアックな書籍蒐集に留まらず、学問の受容と生成そのものの現場でもある。写すことは精読することを意味するからだ。秋成補訂の「土佐日記」注釈群についての詳細な整理を元にした立論は、まさにそれを証明している。この方法論は秋成以外にも今後広がってゆくものだろう。

 三つ目は、和学書出版の問題。既に鈴木淳氏が開拓している分野であるが、大坂和学者グループと書肆のネットワークは、和学流行の実態にメスを入れるものである。

 四つ目は、宣長学の流行の大きさ。秋成自身、論争以前は宣長学に好意的であったように、宣長学の流行の実態を掴んでこそ秋成の動向も「立体的」に見えてくる。

 最後に、今後の課題として指摘しておきたいのは、天明から寛政の好古の風潮を知るためには、和学・国学に留まらず、松平定信ら幕府要人の動向や朝廷の実態、漢学者の中の「和学」の流れも見逃せない点である。また、秋成の歴史趣味には、懐徳堂・水戸学派やその周辺の「国学」の範疇に入らない好古が流れ込んでいる。

 こういう問題と今回の一戸氏の業績がマッチした時、天明から寛政にかけての上方和学の、より立体的な姿が見えてくる。と同時に、それは秋成研究と日本思想史研究への双方に新たな視界をもたらすことになるだろう。春秋に富んだ一戸氏の今後に期待すると同時に、もっとこのあたりへの関心は研究者の参入があってしかるべきだと思う。
posted by 雑食系 at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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