2012年06月30日

松本健一「昭和史を陰で動かした男」

 副題は「忘れられたアジテーター・五百木飄亭」。文学研究者で、この人物を知るのは、わずかに正岡子規・高浜虚子に関心のある人々だけだろう。そういうマイナーな人物を主人公にした評伝で、新潮選書の一冊をものしてしまえるだけ、「坂の上の雲」のドラマ化は大きい。

 飄亭は松山の子規山脈の最古参で、俳句をまじえた日清戦争従軍記事で名を成すが、帰国後は右翼のスポンサー近衛篤麿の庇護のもと、活動家として頭角を現してゆく。日露戦争後、賠償金もとれなかったポーツマス条約を不服として、日比谷焼打ち事件が起るが、その裏の立役者であったことが詳細に紹介されているあたり、司馬遼太郎があえてふれなかった、「浪人」というくくりの右翼の存在を歴史に位置づけた点が本書の功績であろう。

 晩年も、頭山満の跡を継いで右翼の頭目として存在感を示し、原敬の暗殺や、宮中某重大事件、満州某重大事件などにからんだ可能性を紹介するくだり、昭和史のタブーというか暗黒と、子規・虚子がつながる点が実に興味深い。確かに「日本」「日本人」などで活躍した子規や、「朝鮮日報」を舞台に植民地朝鮮に俳句を広めた虚子の立場は、その集成の友、飄亭から照射するときはっきりと浮かび上がってくる。

 昭和初年の右翼の言論はようやく思想史でも学問の対象となってきたが、本書もその流れの極北にあるよいえばよいか。彼らの世界観の狭さや暴力をもって解決しようとする手法には、大いに問題がある。しかし、飄亭の持つ気分は、明治末から昭和にかけての、ある時代の気分の大きな流れであったことは間違いない。

 飄亭のような闇を抱えた活動家の資料は残りにくい。そこで、彼の「句日記」が重要性を増してくる。

  桜田の雪本所の雪とふりしきる

 二・二六事件の折の句である。桜田門外の変も、赤穂浪士の敵討ちも大雪だった。今日ならテロリストに数えられる彼ら活動家の心情を分析することも、江戸からのサムライ精神、あるいは「史記」以来存在する侠客の精神を考える上で、欠かせないものであることを、改めて感じた。
posted by 雑食系 at 16:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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