2012年11月17日

太平記評判をめぐる二著の評

 太平記秘伝理尽鈔という、太平記の注釈書は、私の若い頃全く顧みられていなかった。唯一中村幸彦先生が、その釈・伝・評・通考といった太平記読みのスタイルとその実録などへの影響が指摘されていただけだった。その後加美宏氏によって基礎的研究がなされてはいたが、この書物の価値に光を当てるところまでは未だしの感があった。

 雨月研究が一段落つきつつあった1999年ごろ、ちょうど若尾政希氏「「太平記読み」の時代」が出て眼を見はった。近世軍書という膨大な量の資料群に手を付け始めていた私にとっては忘れえないタイミングでもあった。江戸の秩序を支えたのは通説のように朱子学ではない。大名から民衆まで広範に読まれた理尽鈔とその派生書が、戦人から為政者へと武士の役割が変貌する時代の共通テキストとして、時代の政治通念を形作った様を鮮やかに説いてみせたのである。

 それから十年余り。今月初め本書は平凡社ライブラリーに入って復刊。文字通り名著化したのである。昨年刊行した「江戸の文学史と思想史」の「史学・軍学」のパートは、端的に言って若尾史観の文学研究版と言ってよい。直接拙著をお送りしたおかげで、若尾氏自身からライブラリー版を頂いた。復刊にあたって解説は「江戸の文学史と思想史」のパートナーの一人川平敏文さんだ。本著のもたらす知的興奮を余すところなく語って素晴らしい。面白いのは、川平さんの本書への注文で、理尽鈔そのもの思想の形成過程、つまりこの思想は江戸の伝播者によるものなのか、戦国期にその準備段階があったのかという問題である。これは理尽鈔そのものに留まらない、江戸の武家思想成立の重要な論点でもあるのだ。

 そんなことを考えていると、今度は佐伯真一さんから「日本文学」11月号が送られてきた。今井正之助さんの「「太平記秘伝理尽鈔」研究」への書評が載っている。今井氏稿は、この書物の成立と流通をめぐる基本的な問題を徹底して解明した労作である。佐伯さんは言う。本書は確かに地味な研究書ではあるが、そこに一貫する問題は、「武の精神史」「兵学の文化史」と言ってよい広範にして魅力的なものが流れているのだ、と。孫子等の受容、武威と仁君の葛藤等、若尾氏稿と共振する問題に光が当てられている。

 佐伯さんは、軍記物語の衰退と、武士自身の視点による軍記の発生との関係こそ、解明すべき重要課題であり、そこに光があたってこそ、日本人の「合戦」「武士」ひいては「軍記物語」の全円的解明があるという。全く同感である。川平さんが提起した問題を専家の言葉で語ればこうなろう。お前もちゃんとそういう問題に向き合えと、叱咤されているようなマゾヒスティックな快感を期せずして、短時日に体験した。縁というものは天命を感じさせる時があるものだ。
posted by 雑食系 at 17:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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