2012年03月29日

藤田覚「松平定信」

 ここ10年の新書版で、今も振り返って役にたっている本を1冊あげろと言われたら、やはりこの本か。江戸後期、歴史研究にとっても、文学研究にとっても大立者である。本書は、史学の側から、着実な検討を加えた上での一般書であり、信頼感がある。

 また、章立てがいい。打ちこわしによって政権に登場した事情、倹約令や武家統制の目的と意味、朝幕関係の裏側、対外関係の枠組みの位置づけ等々、定信一人を追うことで、19世紀の幕府の権力の問題の全体図が浮かんでくる。

 個人的に興味深かったのは、打ちこわしとロシアの接近を同じ地平で危機として捉え、騒擾の隙に外国勢力に追い込まれることを恐れて、守りに徹した定信の着実さと後の歴史から見た限界を指摘している点である。

 朝幕関係にもこれは言えるのであって、尊号事件そのものは朝廷を抑え込んだように見えても、金もないの内裏造営だけは敢行した裏事情から、朝廷の権威による幕府の権威を再構築は、体制委任論を周知のものにしてしまった点で、大政奉還につながる考え方を招いてしまった、という点である。

 周到な資料吟味と考察から、歴史の逆説を浮かび上がらせる点で、新書枠にしては非常に格調の高い歴史書になっているのだ。

 のこされた課題も多い。まず、定信自身の文雅と政治の関係。池澤一郎さんや川平敏文さん、神作研一さんのお仕事が、定信に新しい光を当ててきつつあるが、もっと多方面からの発言があっていい対象だ。特に定信が主導した文化行政、幕府の歴史や武家の系譜整理、それに地理書の編纂などを、考える問題は大きい。

 また、尊号事件や対外交渉については、実録物も残っていてこれもまだ手つかずだ。

 翻って、定信以降の対外関係については、このブログでも以前紹介した真壁仁「徳川後期の学問と政治」が光っているし、藤田氏の見方を結果調整するものとなっている。

 まあ、これだけのことが関連して言える新書というのもそうはないので、10年ほど前に読んだ記憶をたどりつつ、書いてみた。
posted by 雑食系 at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

右翼の転向=幕末勤皇歌研究をめぐる歌人・研究者 たち

 本来、このブログでは論文は扱わないのだが、今抱えている課題に通じる問題を孕むので、取り上げておきたい。田中康二氏が、神戸大学文学部紀要39号に発表された「幕末勤皇歌研究と時局」である。

 幕末の志士たちの和歌の研究は、昭和10年代の「時局」を意識して始められた。国家の危機に、文学も何かすべきだと考える点では、ちょうど去年の地震を受けて俳人・歌人が震災をテーマにした作品を発表するのと、ある意味変わりない意識である。しかし、震災は本質的に天災だが、戦争は負ければ「人災」となる。

 したがって、「時局」に何をすべきかと考え、そこに身を投じた歌人・学者たちは、戦後、批判や懲罰の対象となった。そういう立場に置かれた歌人・学者たちの方向性には3つある。「転向」する人(川田順)、懲罰を受けて黙る人(小泉苳三)、志を貫く人(黒岩一郎)である。

 私のゼミで、GHQの教育政策を研究した学生がいて、いっしょに勉強したのだが、アメリカはどういう内容の教育や図書がいけないかのガイドラインを示すだけで、あとは教育者間で、戦争協力者や関係図書を炙り出させ、追放させた。もちろん、歴史学や地理学のように講座の構成員全体がパージされたケースもあるが、国文学はだいたい、戦争に協力しながら、追放する側とされる側に分かれた。

 追放された小泉は多くを語らないが、戦前の自分の活動に反省も述べない。黒岩は戦前大学に籍がなかったことが幸いしてか、パージの時期には黙り続け、朝鮮戦争期に「勤皇志士詩歌集」を出す。

 一番見苦しいが研究対象として興味深いのは、「転向」した川田順である。彼の場合、このジャンルの研究に先鞭をつけただけに、戦後黙らないのであれば、「転向」するしかなかった。その発言は、戦争が悪だとは教えられずに失敗した、という懺悔にくるんだ自己弁護であった。

 川田を後世の目から見て批判・嘲笑するのは簡単だ。しかし、戦争の犠牲者だったとだけ戦後歎く「国民」や、命令を聞いただけだ、騙されていただけだとして追放する側に回る日教組や朝日新聞や仏教界と川田とは、責任回避をしている点で、同じである。

 いや、むしろ、綺麗に口を拭った、戦後の左翼への転向組は、恥をさらして間違いを公に認めた右翼の転向組より、倫理的にも、政治意識的にも劣っており、そういう卑劣かつ無責任で魔女狩り的なものは、今日にも尾を引いている問題を抱えているのではないかと感じた。
 
 このように田中氏の論文からは、おそらく氏の意図を越えて、「転向」の諸相と、それが持つ今日的問題を考えさせられる重い問題を受け止めたことを書き留めておきたかった。
posted by 雑食系 at 16:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

中野剛志「日本思想史新論」

 「先にやられてしまった」と感じる本に出合うことが稀にある。しかし、本書の場合、読了後「悔しさ」は残らない。むしろ、ある種の「爽やかさ」が残る。

 明治維新を単なる近代化=欧米化と捉えてしまったら、なぜアジアで唯一と言っていい独立を確立できたのか、は説明できない。日本の側にも、近代化を受け取りつつ。独立自尊の精神を持っていた広義の意味での「思想」がかなり広くあったはずである。

 多くの日本思想史家がこの難問に取り組んできたが、本書はそこに「新風」を吹き込もうとしたものである。著者の見るところ、それは理想に現実を当てはめていこうという「合理主義」ではなく、日常の実践から着実に改革をし、守るべき伝統は守る「保守主義」にあった。本書の副題が「プラグマティズムからナショナリズムへ」となっているのはそういうわけである。

 この観点から、日本独自の実学的儒学を生んだ、伊藤仁斎と荻生徂徠をとりあげ、仁斎の意外なナショナリストの側面や、徂徠の武士土着論の意外な先見性を論じる。

 ただし、これは前段で、本書の眼目は、実学的思考の系譜を確認しながら、幕末過剰な排外主義者とみなされる水戸の会沢正志斎と、過剰な自由平等主義者で開国思想の代表に位置づけられがちな福沢諭吉が、実はそういう実学の現実的志向と健全な保守主義という点で同じ地平にあったことを論じる点にある。

 最近の日本思想史の研究では、そういう見方は徐々に出されてきていたが、著者は経済思想が専門であるにもかかわらず、思想史研究の最新の動向に目配りしながら、鮮やかにその思想史的見取り図を描き直してみせたのである。

 著者の立場から見れば、丸山真男や子安宣邦のような「戦後民主主義」の立場からの、会沢と福沢への「誤解」あるいは「意図的曲解」は、維新と戦後の「開国」を理想化する「戦後民主主義」の誤りであることになる。

 読み終わって気付いたことは、著者が象牙の塔にこもり現実を見ず理想化する学者の姿勢に一貫して批判的であることだ、なるほど著者は、もともと通産官僚であり、そこから過剰な経済の自由主義の誤謬を感じて保守派経済思想の論客となった経歴の持ち主だった。

 おそらく、本書の思い切った議論には専門家から、修正・反論もあるだろう。しかし、私にとっては、大筋論者の視点に賛成できればそれでよい本だと思っている。「新書」という器はそういうものだろう。国のことを心配し、議論する全ての人に参照されればそれでよい。そういう意味で教え子や若い友人に紹介したい。

 むしろ、私のように、江戸を専門としている人間から見れば、著者が指摘していない、実学の背景にある武士的思考が、中国・朝鮮の官僚的思考と異なる点を研究するべきだと改めて感じさせられた。読後の「爽やかさ」はそれによる。健全な保守思想は、俳句の伝統を守りつつ、革新していった子規・虚子らにも通じる。子規・虚子の出発は、そういう保守派の言論雑誌を舞台にしていた。これもまた今の私の課題である。


posted by 雑食系 at 12:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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