2012年03月18日

佳田翡翠「木挽町」

 本年度の日本伝統俳句協会賞を受賞された方である。巻頭にその受賞作品集「木挽町」を収め、句集のタイトルにもなっている。江戸文学を研究するものとして、このタイトルで詠まれた句群には、大変ゆかしいものを感じる。

  成田屋の睨みを奉ず江戸の春
  新橋の妓もちらほらと小正月
  大喜利は神田祭の笛太鼓
  紫の鉢巻を垂れ眉涼し
  木挽町辺りいざよふ月の路地
  団十郎菊五郎舞ひ秋闌ける
  女形熊手を抱へ楽屋入り

 舞台を正面から詠んだものもさることながら、その周辺を詠んだ句の方に惹かれる。その方が俳句という器に合っている。

  齢ふと沈丁の香の匂ふとき
  全山の花を沈めし闇にほふ
  水音へ近づいてゆく若楓
  碧眼のますらをなりし湯帷子
  声ひとつ落として白き冬の鳥

 旅の句が多い句集だが、地名を詠んだものより、こういう情景そのものを詠もうとしたものに惹かれる。地名の句はそれぞれ華やかでよいし、それがこの作家の特徴でもあるのだが、そうではない面の紹介したかった。俳句は、本質的に名もない焼き物のような民芸作品だとおもうから。
  
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池澤一郎「雅俗往還」

 副題は「近世文人の詩と絵画」。索引を合わせれば五百頁に及ぶ大冊である。氏は大田南畝の漢詩から、研究を出発したが、40代に至って、芭門俳諧・俳文の漢文脈を探り、蕪村を中心に画と詩文の交響を明らかにし、松平定信や頼山陽の文人としての意識を新たに光を当てる。

 油の乗った研究者の達成が、今こうして高度にして多様な形で我々の前に現出した。当然貴重な情報が満載されているのだが、そのいちいちを取り上げることよりも、本書に一貫している文人観、文学観、文学研究観の方を、まず取り上げるべきと感じた。豊富なデータも有難いが、本書が全体として我々に問いかけてくるものをどう受け止めるかが、本書の価値の核心にあると思うからである。

 まず、文人観・文学観は、表現と心性の「雅」の問題と言い換えることもできようか。あとがきにもある通り、漢詩は表現と心性に「雅」を求めるべきであるが、言い古された「雅」の表現の型だけを踏襲すれば、かえって「俗」に堕ちる。それだけ雅俗は、美意識において相対的な規範だという見方に、全く同感。この姿勢が著者にあるからこそ、各文人に対する腑分けが、手の内を明かすといったレベルにとどまらず、文人の内面に切り込んで面白いのである。

 建前では文学に強く倫理性を求める松平定信の、拭いようもない風流への志向や、その定信への手紙などから頼山陽の徹底した自由への志向と反権力的な姿勢を読み取ることができたのも、こういう文人観があってのことであろう。

 文学研究観は、蕪村の題画文学研究に最も集約されて光輝を放っている。近代以降の制度としての文学研究と美術研究の住み分けや、そのことによって文学研究には漢文世界を等閑するひずみが生じ、美術研究では俳画や詩意画を相手にしてこなった偏向が生まれたことを徹底して批判する視線である。氏の対象としている世界を分断してしまったのが、近代の学問的編成なのだと言い換えてもよい。

 逆に言えば、氏の切り開いた方法に従えば、江戸文芸研究にはまだまだ沃野があることが実践されているのである。氏が早稲田での研究会を通して、有為な研究者を育成し、彼らから慕われてもいることを仄聞してきたが、本書を読めばそれも納得できる。

 近年、近世文学研究にも国際化・学際化の波が押し寄せていることは事実である。本家の中国思想・文学研究からして、訓読を排して中国語として読む方法が流行している、とも聞く。そういう声は、我が学会の「国際派」の研究者の中からも聞こえてこなくはない。

 だからこそ、池澤氏の今回の仕事のような、近世文学研究がこれまで育ててきた良質な部分を守りながら、国際的に伝えてゆくことも非常に大切だと実感する。でなければ、我々は今まで何をやってきたのだということになってしまうし、これまでの良質な成果を薄めて伝えるだけならば、極論すれば、誰がやってもいいようなものになってしまいかねないからである。

 今の私の関心から言えば、かつて子規が、俳句の守りべき部分を残し、翻って他を徹底して変革した例が浮かんでくる。豊富なデータの提示を踏まえながら、文人の世界がなぜ魅力的なのかを説く指針として、私は本書の姿勢・思想を受けとったことを書きとめておきたい。
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2012年03月13日

一戸渉「上田秋成の時代」

 副題は「上方和学研究」。秋成は文人らしく多方面で活躍するが、その意味や総体を捉える研究は多くない。小説に研究は集中するし、歌文や国学といっても秋成と真淵・宣長だけを見ていてもはじまらない。当時の上方の和学を背景におかないと、秋成の像は見えてこない。

 本書はそれに正面から取り組んだ最初の仕事であり、秋成研究にも国学研究にも今後の指針を与えるものとなっている。470頁におよぶ圧倒的な情報量の本書を紹介するには、各章の内容を丁寧に拾わう方法はこの場に適当でないので、方法論的新しさ、視点の面白さ、今後の展開が開けそうな分野に絞って書くことにする。

 一つ目は、江戸から上方への視点である。江戸文化・文学全体が、勃興する江戸と上方の融合や、江戸から上方への流入が顕著になるのが天明から寛政。秋成が国学にのめり込み始めた時期と重なる。本書は、単なる群小和学者の伝記研究に終わらず、そういう大きな視点を持ったため、論文となった。

 二つ目は、写本の流通への注目。和学者の奥書のある写本の流通は、単なるマニアックな書籍蒐集に留まらず、学問の受容と生成そのものの現場でもある。写すことは精読することを意味するからだ。秋成補訂の「土佐日記」注釈群についての詳細な整理を元にした立論は、まさにそれを証明している。この方法論は秋成以外にも今後広がってゆくものだろう。

 三つ目は、和学書出版の問題。既に鈴木淳氏が開拓している分野であるが、大坂和学者グループと書肆のネットワークは、和学流行の実態にメスを入れるものである。

 四つ目は、宣長学の流行の大きさ。秋成自身、論争以前は宣長学に好意的であったように、宣長学の流行の実態を掴んでこそ秋成の動向も「立体的」に見えてくる。

 最後に、今後の課題として指摘しておきたいのは、天明から寛政の好古の風潮を知るためには、和学・国学に留まらず、松平定信ら幕府要人の動向や朝廷の実態、漢学者の中の「和学」の流れも見逃せない点である。また、秋成の歴史趣味には、懐徳堂・水戸学派やその周辺の「国学」の範疇に入らない好古が流れ込んでいる。

 こういう問題と今回の一戸氏の業績がマッチした時、天明から寛政にかけての上方和学の、より立体的な姿が見えてくる。と同時に、それは秋成研究と日本思想史研究への双方に新たな視界をもたらすことになるだろう。春秋に富んだ一戸氏の今後に期待すると同時に、もっとこのあたりへの関心は研究者の参入があってしかるべきだと思う。
posted by 雑食系 at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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